こんにちは。
ブランディングディレクター/事業構造パートナーの松本カヅキです。
先代から事業を引き継いだ。
数字も、取引先も、商品も、設備も引き継いだ。
ただ、ふと気になって、先代に聞いてみる。
「数字や設備のほかに、残しておくべきものって、ありますか」と。
けれど、返ってくるのは、
「見て覚えてくれ」
「自分で判断したらいい」
そんな言葉だったりする。
先代自身も、何を残していくのかを、うまく言葉にできない。
引き継ぐべきものは、数字や設備のほかにもある気がする。
けれど、それが事業のどこに残っているのかは、見えにくい。
引き継いだのに、何を基準に選べばいいか分からなくなる
目に見えるものは、たしかに手元にある。
それなのに、いざ何かを決めようとすると、手が止まる。
この商品は、続けるべきなのか。
この取引は、このまま守るべきなのか。
新しいことを始めるとして、何を基準に選べばいいのか。
先代のやり方を、そのまま守ればいいのか。それとも、自分の代で変えていくのか。
事業承継というと、この二つのどちらかに見えやすい。
けれど、実際に引き継いでみると、そのどちらとも少し違う気がしてくる。
守るのか、変えるのか。
その手前で、そもそも何を基準に選べばよいのかが、つかみにくい。
大きな問題が起きているわけではない。事業は続いている。お客様もいる。日々の仕事も回っている。
ただ、判断の拠り所だけが、少し見えにくい。
事業承継で引き継ぐものは、株式や売上だけではない
事業の中には、目に見えるものだけでなく、形のないものも残っています。
長く取引を続けてきた相手との信頼。
現場で積み重ねてきた仕事のやり方。
お客様が、その事業に対して抱いている安心感。
こうした目に見えない資産も、事業承継で引き継いでいくものの一部です。
こうした目に見えない資産は、事業承継では「知的資産」と呼ばれるものにも重なります。
数字や設備だけでなく、目に見えないものも引き継ぐ必要がある。
そのこと自体は、引き継ぐ側も、渡す側も、感じていることが多いのではないでしょうか。
ただ、そうした知的資産の中にも、もう一段、奥があります。
とくに引き継ぎにくいのは、先代の判断基準である
信頼や仕事のやり方、お客様との関係は、形がないとはいえ、「何があるか」を挙げることはできます。
どの取引先と、どのような関係を築いてきたのか。
どのような手順で、仕事を進めてきたのか。
書き出してみれば、ある程度は形にでき、引き継ぐ準備もできます。
けれど、一覧にするだけでは届かない部分が残ります。
なぜ、その取引先との関係を続けてきたのか。
なぜ、その手順を選び、別のやり方は選ばなかったのか。
何を大切にして、何を続け、何をやめてきたのか。
選んできたものの一覧ではなく、それを選んできた判断そのもの。
事業承継でとくに見えにくく、引き継ぎにくいのは、この部分かもしれません。
しかも、その判断の基準は、明確な言葉になっていないことが多いものです。
日々、その都度の判断を積み重ねながら、事業をここまで続けてきた。だからこそ、いちいち言葉にする機会がなかったのだと思います。
数えられるものは、引き継ぎやすい。
一方で、事業をその事業らしくしてきたものほど、日々の判断の中に溶け込み、言葉にならないまま残っていることがあります。
先代が「何を選んできたか」を、たどってみる
では、言葉になっていない判断の基準を、どのように見ていけばよいのでしょうか。
事業の整理には、いくつかの見方があります。
その中で、引き継ぎの場面でとくに手がかりになりやすいのが、先代がこれまで「何を選んできたか」を、たどってみることです。
たとえば、次のような問いから振り返ることができます。
「この仕事は、どのようなときに引き受けてきたのか」
「逆に、どこか違うと感じて、広げずにきたものはあるか」
「続けてきた中で、手応えを感じたのは、どのようなときだったか」
こうした振り返りは、引き継ぐ側が先代を理解するためだけのものではありません。
渡す側にとっても、自分が何を基準に事業を続けてきたのかを、あらためて問い直す時間になります。
選んできた理由だけでなく、選ばずにきた理由にも、その事業らしさが残っていることがあります。
問い詰めるのではなく、一緒に思い出していく。
そうしているうちに、それまで言葉にならなかった判断の理由が、少しずつ像を結んでくることがあります。
引き継ぐ側には、古く見えていた考え方もあるかもしれません。当時は、理由が分からなかった判断もあるでしょう。
けれど、あとから振り返ることで、その判断の奥に、守ろうとしていたものが見えてくることがあります。
超えるべきものだと思っていた数字の奥に、別の価値が残っていたと気づくこともあります。
先代が何を見て、何を選び、何を守ろうとしてきたのか。
その手がかりは、言葉にならないまま、事業の中に残っています。
何を選び、何を選ばなかったのか。
その理由をたどることは、事業承継だけでなく、強みや自分たちらしさを言葉にするときにも手がかりになります。
「選ばれる理由」を考える前に、「選んできた理由」をたどるという見方については、こちらの記事で詳しく整理しています。
👉 [強みを言葉にできないとき|選ばれる理由の前にある「選んできた理由」]
事業承継のあとに、判断の基準がぼやけることがある
先代の判断を言葉にしていく中で、もうひとつ気づくことがあります。
事業を引き継いだあと、しばらくして、判断の基準がかえって見えにくくなる時期があるのです。
引き継いだ直後は、まず先代のやり方をなぞってみる。それで、しばらくは進んでいけます。
けれど、事業のフェーズが変わり、自分の代で新しいことを考えはじめると、先代のやり方だけでは判断しにくい場面が増えてきます。
一方で、自分たちなりの基準は、まだ十分に見えていない。
事業は止まっていません。
むしろ、新たなフェーズへ向かおうとしている。
それでも、判断の基準だけが少しぼやけることがあります。
私は、このように、うまくいっているのに、判断の基準がぼやける状態を「霧」と呼んでいます。
事業が新たなフェーズへ向かう中で、現れやすいものです。
この霧は、事業承継に限って現れるものではありません。
事業のフェーズが変わった一方で、これまで判断を支えてきた前提が、今の事業に合いにくくなったときにも現れます。
事業が前に進んでいるのに、なぜ判断の基準がぼやけるのか。
その構造については、こちらの記事で詳しく整理しています。
👉 [なぜ経営に霧は生まれるのか|事業が進むほど前提がずれていく理由]
そのまま守るのでも、すべて変えるのでもなく
この霧の中で、もう一度見つめたいのが、先代の判断の中に残っている手がかりです。
ここで大切なのは、先代のやり方を、そのまま守ることではありません。
かといって、すべてを新しく変えることでもない。
先代が何を基準に選んできたのかを言葉にしたうえで、今の事業のフェーズに合う形で、何を残し、何を変え、何を次に渡していくのかを整えていく。
「先代なら、どうするだろう」と考えること自体が、悪いわけではありません。
ただ、その問いだけでは、先代に確かめられない場面で、判断を進めにくくなることがあります。
一方で、
「先代は、なぜそう判断していたのか」
を言葉にできると、先代の中にあった感覚が、事業の中で共有できる手がかりになっていきます。
何を見て、何を大切にしながら判断していたのか。
その言葉を手がかりに、今の事業に合う、自分たちなりの判断のモノサシが、少しずつ整っていきます。
ここでいう判断のモノサシとは、先代の判断基準をそのまま受け継ぐことではありません。
先代が大切にしてきた価値を見つめながら、自分たちは何を中心に置き、目の前の選択をどのような基準で考えていくのか。
その判断の拠り所全体です。
モノサシが見えてくると、その先に、もうひとつの問いが現れます。
この事業を通して、自分たちは、何を次に残していきたいのか。
売上や資産だけではありません。
先代から受け継いだ判断の質。
お客様や取引先との関係。
自分たちらしい選び方。
そうしたものを、これからどのような形で残し、次へ渡していくのか。
その問いが見えはじめると、日々の判断も、少しずつ同じ方向を向きはじめます。
事業承継は、判断のモノサシを整え直す機会でもある
事業承継は、過去をそのまま守ることでも、先代を超えることだけでもありません。
これまで積み重ねてきた判断を見つめ直し、今の事業に合う形で、次に何を選び、何を残すかを考える。
その判断のモノサシを整え直す機会でもあります。
引き継ぐ側にとっては、先代の判断を手がかりに、自分たちなりのモノサシを整えていくこと。
渡す側にとっては、自分が何を大切にし、何を選んできたのかを、言葉にして手渡していくこと。
すぐに、きれいな答えが出るものではないと思います。
けれど、何を引き継ぎ、何を次に残していきたいのか。
その問いを持つところから、事業の見え方は少しずつ変わりはじめます。
*
事業承継を考える中で、
「何を残し、何を変えていくのか」
「先代が大切にしてきた判断を、どう次に手渡していくのか」
を、一度話しながら整理してみたい方へ。
先代・後継者、どちらからのご相談も受けています。
まだ何を相談すればよいか固まっていない段階でも構いません。これまで積み重ねてきたものや、事業の判断の基準を見つめ直すところからご一緒します。
ブランディングディレクター|事業構造パートナー
松本カヅキ
